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その9:浜子先生との出会い

私と浜子先生の出会いは、月刊フォトの女性名医百選の取材だった。1年前だった。

コユリ:はじめまして。こういうものです。(浜子先生は私が渡した名刺をチラッと見ただけで、横に置いた。)
(突撃といった理由はここにあります。まず、冷静な浜子先生を煽ってみて、どう出るか、先輩記者に教わった常套手段の一つです。)

浜子先生:はじめまして、横井浜子です。ところでコユリさん。

コユリ:は?

浜子先生:コユリさんはフツーの記者さんなんですか?

コユリ:そうですが…。(フツーの記者だ。フツーでない記者ってなんだろう。あ、フツーじゃなく、フリーだつうの。)

浜子先生:フツーのフリーの記者さん?(なんだ、読み間違いじゃないんだ。危うく、先生が間違ったと指摘しそうになってしまった。しかし、さすがの観察力だ。チラッと見ただけのクセに、名刺のイッチバン端にしかもアリンコのように小さく書いた「フリー」の三文字を見逃していない。アポとったときに大手週刊誌、月刊フォトからの取材と言ってあるのに。しかし、だ。なんで名前を間違えるのだろう。)

コユリ:そうですが、先生、私はコユリではなく。

浜子先生:アラ、この名刺にはそう書いてあるじゃあありませんか。小さなユリの、コユリと。なんて愛らしい。
(浜子先生は愛でるように私が渡した名刺を見ている。)

コユリ:はあ、まあそのとおりなのですが。(だからフツーにサユリと読むだろうが。)

浜子先生:じゃあ、まあ、そういうことで。(いや、そういうことじゃなくて、サユリだから、サユリ。さ・ゆ・りだちゅうの。)
で、コユリ記者さん。フリーというのは相当の実力がないと続かないのでしょうねぇ。しかも業界最大手の月刊フォトにお原稿を納められているなんて。えらいですねえ。(だ、だから、コユリじゃないって。フリーも合っているし、実力勝負もあっているが、出だしが間違って…。この医者は本当に名医なのだろうか。「女性名医百選」という企画、狸ネムリの発案で通ったものの、なんで私が狸の仕事を請け負わなければならないのだ。あんな居眠りタヌキ、常勤でもなければ今頃、タヌキ汁だ。非常勤、いわゆるフリーライターの私達をいいように使って、丸々と肥えている。あー、イマイマシイ。しかも、タヌキが選んだこの女先生、漢字もろくろく読めやしないらしい。どっかの国の首相のようだ。シンパイ。)

コユリ:いえ、まあ、それほどでも。でも先生、ひとつ取材を始める前に訂正が。

浜子先生:まあ、訂正ですか?しかも始める前から。それは、情報の信頼性が売りの月刊フォトらしくもない。訂正記事は恥ですよ、ハ・ジ。(そ、そんなこたあ、素人のあんたに言われんでもわかっている、こちとらあ、実力頼り、エンピツ一本、サラシに巻いて、渡ってきたんだぞ。相手は大物ぞろい、しかも、背後にはタヌキとか、キツネとか、ムジナといったか、怪しい生物ばかりがデスクに構えているんだ。いくも地獄、帰るも地獄。ちょっと大げさかな。しかし、誰が訂正記事をいれるといった、誰が、ええ?)

コユリ:そうではなくてですね。だからぁ

浜子先生:はいはい、わかりました。コユリが気にいりませんか?でもサユリはよくある名前ですよ。この業界目立たないと、ね。これからはコユリで。小さなユリのコユリ。かわいらしい。

コユリ:はあ。
というわけで、フリーライターとして浜子先生に出会った私は、以後、コユリ記者という署名入りでの「女性名医百選」の記事を書くことになった。  社に帰ると、タヌキが待ち構えている。
「ふうん、署名変えるのぉ?せっかくサユリで名前出てきてるのに。ま、いっか。気難しい女先生たちの取材だし。サユリでもコユリでも。」
え?気難しい?確かにこの業界のオキテは知っている。おばさんでもいいから医療取材には女を送れ。医者と記者は女に優しい。男の先生はフェミニストが多いから、親切にしてくれるのだ。逆に男には厳しいらしい。しかし、それは男の先生が相手の時。女の先生となると、いっそ、イケメンでも差し向けたほうがよかったのではないだろうか。
そんな気がかりをよそに浜子先生は快くインタビューに応じてくれ、しかも、写真写りもまあまあよく、ってか、やっぱり、月間フォトのプロカメラマンは違う。光線の加減や、風の向きまで考えて、被写体がうまーく写るようにセッティングするのだ。
こうして、月間フォトの「女性名医百選」の取材は成功し、私の評価も上がって「コユリ記者のインタビュールーム」の枠まで取りつけることができた。そして初のテーマが働く女性、まずは女性医師だった。
さあ、出だし好調で、その8まで来たのだが、ここで浜子先生は男の先生の意見を聞いたらどうかと言ってきた。たしかにそろそろ、反響も出始めている。女性医師の意気込みはわかったが、現場の男の医者にも物言わせろと。いったいどんな意見が出るのだろう。私が廊下を歩いているときに出くわした教授も、女性誌じゃないんだから男性側からも取材したらと言っていたっけ。
というわけで、次回は男性医師の意見、そして、女性医師と結婚してしまった男性医師のつぶやき、ぼやきを取材したいと思っています。さらに乞うご期待。

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