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「女医人生あれこれ」

医)小林内科クリニック
山下真紀 先生(泉区)

 この原稿依頼を受けた時、「ああ、もう()し方を語る年齢になったのか」と思いました。医療とは無縁の家庭に育った私には見るもの、体験するものすべてが目新しく、生来の好奇心の強さも相まって今まで夢中で過ごしてきましたし、自身のやりたい事をずっとやってくる事が出来たという点ではまことに幸せな人生だったと感慨深いものがあります。
還暦を過ぎ、ちょうど良い機会に今までを少し振り返ってみました。

私が医師になりたいと思ったのは、小学生の頃でした。理由は2つあります。
 1つは当時、診ていただいた小児科の女医先生が堂々として大変恰好良かった事、もう1つは風邪をひいたり腹痛をおこして通院することが多かったので「面倒だな・・・。何とか病気の時でも病院に行かなくてすむ方法はないか?」と考えた結果、「そうだ、自分が医者になれば行かなくてすむ!」といささか短絡的に考えた末の事でした。
 医学部を卒業し、都内の大学病院内科学教室に研修医として入局しました。熱心にご指導いただいた先生方、良き同僚、「私で練習しなさい」と言って下手な採血に嫌な顔ひとつせずお付き合い下さった患者さんなど皆様のおかげで恐ろしく多忙な、しかし大変充実した日々を過ごしました。
 平日は外来、病棟、カンファレンスのほかにその後、入局した消化器内科学教室での実験のお手伝いなどで院内を走り回り、やっと土曜日の夜になって同僚と過ごすリラックスタイムが待ち遠しい日々でした。
 大学病院では男女差を感じることは一切ありませんでしたが、研修の一環として1年目に地方の関連病院に男性同僚と共に4か月間行った時、紅一点だった私は「真紀」という名前のせいもあってか当初病院側に男性と思いこまれ、また患者さん本人には主治医と名乗っているのに「入院しても医者が全然来ない!!」と患者さんの息子さんに文句を言われたりして(患者さんであるお婆さんにはあとで「先生、すみませんでしたねえ。私は先生といえば男の先生だと思っていたもので」と謝られたが)女医の認識ってまだこんなものなのかなあと思いました。 
 その後、縁あって結婚し、長男に恵まれましたが、基礎医学者である夫は実験等で毎日帰りが遅く、今はやりの育メンは期待出来ませんでした。
 当時、勤務していた都内国立病院の規定には、育休をとれるのは看護職、臨床検査技師、放射線技師等となっていて、医師はたしか入っていませんでした。また、妊娠中の当直免除を配慮していただいたのは有難かったのですが前例がない事として医局会議に議題としてあげられちょっと恥ずかしかった事もありました。
 そんなこんなで産休を経て復職しましたが、保育園探しにはまた、一苦労しました。産休明けすぐに認可保育園には入れないので無認可保育園を探し、幸い品川区に良いところがあり入園許可もいただけましたが入園のために保育園の近くに引っ越しました。
 現在でも保育園が不足していて待機児童問題が大きく取り上げられていますが、昔から働く母親の悩みは何も変わっていません。保育園は給食もおやつも充実していて大変助かりましたが、国立病院の仕事も忙しく、お迎えに間に合うように仕事を終わらせてから子供を連れて帰宅した時には心底疲れてしばらくは動けず、このまま死んでしまうのではないかと思った時もありました。加えて熱を出すことも多かったので、そんな時は茅ヶ崎の実家に預かってもらいました。午前3時に起きて4時に子供を連れて家を出て6時に実家に到着。子供を置いてそのままとんぼ返りで9時からの外来に間に合わせるといった芸当も何度もやりましたが、きちんと治るまで預かってくれたので、本当に有難い事でした。
 その後、夫の留学に同行し帰国後、今後の事も考えて当時はまだ今ほど知られていなかった産業医という仕事に主軸を移し、現在に至っています。

【茅ヶ崎のシンボル 烏帽子岩】
烏帽子岩【茅ヶ崎のシンボル 烏帽子岩です】

 また茅ヶ崎に引っ越したこともあり、子供は私と同じ幼稚園、小学校を卒業しましたが日中の仕事は休めないので延期になった幼稚園の遠足は付いていけなかったり、小学校の行事も思うように出席できなかったりと相変わらずでした。やっと育児から解放されたと思ったら産業医業務がだんだん複雑化してきて今年はストレスチェックも始まったりとまた違う苦労に直面しています。
 産業医という仕事は細やかな気遣いが必要な面があるので、女医には向いているのではないかと思います。最近の健診アルバイトの求人などをみても、「女医さん限定」がかなり増えているところをみると、女医の丁寧さ、真面目さ、親切さ、優しさ、穏やかさなどが受け入れられているという事だと実感しています。

 私の世代のはるか昔から諸先輩方の活躍によって女性医師の存在が大きくなり、そして若い世代に受け継がれようとしています。今の若い世代は制度、待遇などをとっても昔にくらべてずいぶん恵まれているなあとうらやましく思う事もありますが、彼女達にもそれなりのご苦労があると推察します。
 どうぞこれからもより一層、女性医師の活躍の場が増えていくように。育児、介護等いろいろあっても仕事から離れる事なく一生続けていって下さるように。
 それが一介の女医として生きてきた私の願いです。

【大好きなお社 鎌倉の荏柄天神社】
【茅ヶ崎の桜】