会員専用ページ会員専用ページのご案内
文字の大きさ

20年なんて一瞬

森が丘医院 佐藤裕子先生
森が丘医院 佐藤裕子先生

鈴木:本日は森が丘医院の佐藤裕子先生にお話を伺いたいと思います。
先生は東京女子大学数学科をご卒業後、浜松医大の医学部に入られ、昭和61年にご卒業後は内科研修を重ね、現在、森が丘医院の院長をされています。

鈴木:先生は2人のお子さんがおられ、しかも、院長という責任の重いお立場ですね。

佐藤:「そうなりますかね・・・。」

鈴木:お若い頃と言っては失礼ですが、女性医師としてどんな環境だったのか、うかがえますでしょうか。

佐藤:「はい。浜松医大を卒業後に私が属した私学の大学医学部は、研修医手当てが月5万円でした。横浜市大は、当時20万位あったでしょうか?」

鈴木:いえそれほどまでは。14万円ぐらいでしょうか。

佐藤:「そうですか。ちなみに、助手という肩書きがつくまでは、無給でした。」

鈴木:む、む、無給?それが有名な無給医ですね。

佐藤:「それほど悲惨ではないのですが・・・。内科で、助手の肩書きがつくのは、大変な事で、7-8年目の先生ぐらいだった気がします。」

鈴木: 7、8年も無給で働き続けるのですか?生活は?

佐藤:「有給になれるまでは、週3回、半コマずつバイト病院に出してもらい、生活費を稼ぎました。男の先生方は、当直もずいぶんしていました。3年毎ぐらいに、関連病院勤務にしてもらえる時は、病院の給料がもらえました。」

鈴木:やっとですか。

佐藤:「はい、やっと。無給の間は、ローテートに組み込まれる先生は、研究医と呼ばれます。私は途中で、特別研究医という立場にしてもらいました。医局費を払い、席を置いておいてもらい、しばらく子育てと自分で探した指導医の元で、臨床力を磨きました。」

鈴木:そうなんですか。では、学位取得なども、大変でしたね。

佐藤:「う~ん。これは、ある意味では、自分が医師として必要な仕事をしているような気がして楽しかったです。学位は、開業してから大学へ通いました。又、特別研究医の間は、最低限週1回の大学カンファレンスには、出席しました。」

鈴木:そうですか。学位を取るというのは大変なことではありますが、ご開業のあとではなおさらですね。よくお取りになりました。

佐藤:「指導医がすばらしかったのだと思います。今でも人間として大変尊敬しています。本日所属していた大学から、医局費3カ月分未納だったとの御連絡いただきました。」

鈴木:えー、いつの医局費ですかぁ?取り立て、厳しいですね。

佐藤:「一昨年、医局抜ける前の3カ月分。一昨年、直属の教授が退官されたのを機に、医局の特別研究医の立場を抜けました。20年なんて一瞬ですね。」

鈴木:たしかに。20年、あっという間です(汗)。
先生は女性医師として、ご開業までされて、そのあたりはいかがでしょうか。

佐藤:「私は親が医師なわけではありません。自分の生活は自分で支えないと・・・。私は仕事に追われっぱなし。多分、その場その場で、必死になって考えてきた結果が今という感じです。主人を含め、たくさんの方々に助けられてきました。」

鈴木:先生はたくさんの患者さんや、病院の職員の方に責任を持ってお仕事をされているので、大変ですよね。まさに重責。同年代の女医としては本当に感服です。

佐藤:「なんか褒めて頂くと、恥ずかしいです。当院の女性スタッフ13名に支えられています。自分の力ではありません。」

鈴木:いえ、本当のことです。何がそうさせているのか、伺いたいところです。

佐藤:「私自身は、中学時代より、祖父の在宅介護を11年間行い、最期を自宅で看取りました。介護保険がない当時は、本当に大変だったものです。でも、家族の愛情はたっぷりありました。だから、在宅医療が私のライフワークです。」

鈴木:そうなんですか。ご自身の体験から。

佐藤:「ええ。実は、在宅医療というのは、女性医師に大変向いている仕事と思います。」

鈴木:女性医師に?

佐藤:「はい。磯子区の先生方でも協力してくださるのは、開業の若い女性医師の先生が多いです。緊急や夜間の後方支援病院を充実させるシステムを作れば、女性医師の活躍の可能な場だと思います。」

鈴木:それは結構意外な感じかも。

佐藤:「そうですか。男性医師は、まず、いやだなと思う先生が多いようです。
それに患者さんの家庭に入っていくこともあるので、かえって女性医師の方が喜ばれるようです。」

鈴木:そうですか。しかしご苦労もあるのでは?

佐藤:「女性医師としての仕事を継続する事の困難さは、身にしみて感じています。仕事の継続・家庭・子育て等数えあげたら、きりがないです。多分、諸先生方、同じような苦労をされて1つ1つ解決してきたのだと思います。私がそうであったように、皆さんたくさん泣いてきたと思います…。できれば沢山の辛い経験、自分の胸の中にしまったままで、死んでいきたいと思っていらっしゃる先生方、多いのではないのでしょうか…。」

鈴木:そうですか。

佐藤:「はい。だから、プライベートなことより、どうしても一般論になってしまいます。そんな自分の話は、後輩の役にあまりたたないのではないかと、ちょっと考えてしまうのです。」

鈴木:そんなことはないです。一般論でも、実際のご経験に基づいているのですから。

佐藤:「私自身は、プライマリケア連合学会認定指導医・在宅医学会認定専門医をもっています。当院は、プライマリケア機能を見学・実習するには、1週間コースで結構いい研修ができると思います。現在、2か月間某大学から、手伝いにきて下さっている3年目の先生は、訪問診療に同行して、大変喜んでおられました。内科一般外来・健診・訪問診療実習。開放型病院汐見台病院との入院患者様のフォロー。小児科外来及び乳児健診・予防接種は、市大センター病院小児科ドクターの、精神科は別の医大の教授先生の指導を受けられます。」

鈴木:充実していますね。

佐藤:「はい。大学の若い先生方や学生さんで、研修の1つとして、プライマリケアに興味のある先生がいらっしゃれば、研修、歓迎します。女医さんたちも、大学や病院の医療とは、違う医療を経験されると、違う視点が開けるかもしれません。」

鈴木:そうですね。しかし、パワフルですね。それだけの人材をそろえたりするなど。先生は本当にパワーがありますね。

佐藤:「いえ、そんなことありませんよ。目の前に乗り越えなければならない壁があると、つい頑張っちゃう性格みたい。主人には、よく笑われます。あと、周りの方々に恵まれているのです。ありがたいと思っています。学位をとる時は、実験が2年にわたり、午前中森が丘医院、午後から大学、帰りには終電も終わり、東京からタクシーで帰るというような生活をしていました。今考えると若いからできたのだと思いますが、両方の両親に、多大な助力をもらい、主人や子供にたくさん負担をかけました。それに、先輩の先生方にもたくさんたくさん助けられました。」

鈴木:そうですか。しかし、すごい気力ですね。

佐藤:「女医さんが、勤務を続けるには、何らかの形での仕事の継続性が必要な気がします。子育て期間中は、どうしても仕事量を減らさないとならないかもしれません。それなら一時期、診療所外来を手伝うのもいいかもしれませんよ。病院附属の保育園は、必須だと思いますし、病気の子供もみてもらえないと行き詰ります。祖父母の助けも重要です。」

鈴木:そうですね。多方面にわたる援助は必須ですよね。ひとところからの助けでは、そこに負担がかかってしまいますし。

佐藤:「子育てのために一時、大学ローテートから離れた女医さんのポジションの確保も必要だと思います。男性医師の理解も必要ですし、そしてなにより、女医さん個人のやる気の問題も大きいような気がします。どうしても仕事を継続したいと考えられた先輩女医の先生方は、色々な形で医療に貢献されていると思います。」

鈴木:はい、いろいろなパターンがあっていいわけですよね。こうでなければならないと決め込む必要なないのですから。そういった多様性に対して、どのようなことを医師会で提供できるかですね。

佐藤:「そうですね。なかなか、医師会として何ができるかという一まとめの議論ができない所は多いのですが・・・ 女医さん達に、たくさん子供を産んで頂き、キャリアを磨きながら、ご自分も幸せになって欲しいと心から思います。何か思いついたら、つれづれに、またお話しましょう。」

鈴木:はい、そうしましょう。今後の展開を楽しみにしています。

≪鈴木のまとめ≫
女性医師のキャリアはこうあらねばならぬ、という決めつけは無用。
子供を預かってくれるシステムの充実が必要:勤務先の保育園、病児保育等いろいろな方面からのサポートがある方がよい。
子育て中は、敢えてローテートに縛られなくてもよいかも。ただし、どんな形であるにしろ、継続が大切。
その間の受け皿も必要なのではないか→女性医師の医師会加入。
以上、医師会でどの部分を実践できるだろうか!